4月23日の日曜日、東北は青森で4回目となる「青森レインボーパレード」が開催された。

地方に住んでいる人は、肌身を持って感じていることがあるとは思うが、青森では都会とは違い、セクシュアルマイノリティに対していまだ差別的な考えが残っている。例えば、教育委員会への質問議会では「存在は確認されていません」と当事者の存在すら否定され、また性同一性障害については「そのような稀少疾病には予算がつけられない」、保健所の職員の言葉では「そういう人たち(ゲイのこと)は県内に30人くらいですかね?」という発言があるほどだ。しかし、どの地域にもセクシュアルマイノリティが存在していることは、我々がよく知っているように、確実なこと。
それを訴えようと、2014年、青森でパレードが開催された。
2014年に開催された「青森レインボーパレード」の参加者は、たった3人。その同日、都内では5万人規模のパレードが開催される中、青森駅前を30分ほどプラカードを掲げ、街を早歩きで歩いたという。青森では、LGBTという言葉さえ知らない人がほとんどで、そんな街を歩くには怖く、プラカードには日本語でメッセージを書くことができず、英語でしか書けなかったそうだ。

そうして始まったパレードも年々参加人数を増やし、第4回目となった今年は、101人の参加者で青森の街を歩くことができた。

少しずつだけれど、参加者が増えているということ。街行く、偶然でもパレードを見かけた一人、二人がLGBTという言葉を知り、その存在が無視されていると知っていくこと。そのために、何日も準備を重ね、四苦八苦しながらも積み上げようやく迎えられた4回目の青森でのパレード。本来のプライドパレードとしての、強い意志と行動がここにあるのだと、感じた。
各地で開催されるパレードには、見せ方ややり方、関わっている人たちが違う。けれども、根本の意志はこういうものであって欲しいと、強く願う。今後も続いて欲しい、素敵なパレードであった。

以下は、青森レインボープライドの代表を務める宇佐美翔子さんより当日のレポートをいただきましたのでご紹介いたします。

第4回青森レインボーパレード当日

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朝6時、事務局長は車で30分の街まで、活きたホタテと新鮮な野菜を仕入れに向かいました。私は市場にすじこを仕入れに行き、お米を炊いたり、パスタを茹でていました。他の実行委員も午前10時には集合し、すじこのおにぎりを握りはじめました。その間にも、函館や東京などいろんな地域の方のお土産が次々と到着してきました。

これが第4回青森レインボーパレード当日の始まりの様子です。

実行委員と言っても、どこのパレードにも参加したことがない人がほとんどだった私たちのパレードの準備は前途多難でした。「なぜ、パレードをするのか?」というところから、グッズづくり、広報、予算繰り、そして当日の交通整理までの道のりは険しいものでした。青森といっても広い上に交通の便も悪く、ミーティングに2時間かけてくる実行委員もいました。そうこうしながら迎えた当日、一体、何人の参加者が集まるのか見当もつきませんでした。
そして、当日の14時、集合場所の青森駅前公園へと向かいました。

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到着すると、集合場所には30ほどの人たちが集まっていました。出発まではあと1時間あります。あとどれくらいの人たちが集まってくれるのか、ハラハラとしていました。出発時間になり、参加者のみなさんに挨拶をして、ねぶた囃子(はやし)の笛の演奏を合図にちょうど15時、パレードがスタートしました。
後ろを振り返ると、三列の隊列は長く長く続いていました。

青森市内のメインストリートを歩いているにも関わらず、人通りはまばらでした。日曜日のため官公庁の前はほとんど人がいません。そんな空気感の中、私たちは歩き続けました。
しかし、沿道から駆け寄ってくる友人や、1度だけ会ったことのある高校生がスマホ画面をレインボーにして、私たちにかざして応援してくれる姿を見つけ、涙腺が崩壊しました。
青森のパレードは歩くのはもちろん、応援することにも勇気がいります。歩く人たちは集団ですが、応援してくれる人は人通りのない街にポツンと立っているのです。それを思うと、胸が熱くなりました。

ー青森のパレードは、ある意味過激(と、どこかで誰かが言っていた)、ある意味とてもシンプルだ。ー

音楽と歩く人、そして、マイクで声をあげる。

「議会で存在は確認されていませんと言われようと、希少疾病につける予算はないと言われようと、わたしたちはここにいます。」
「故郷を帰れる街にしたい」
「つらいことは一緒に飛び越えよう」

その時々に心に浮かぶ言葉を発しながら歩きました。
みんなが持ってるプラカードを読んだり、貰ったメッセージも読みあげながら歩きました。

人通りの少ない、反応のほとんどない街を歩くことはとても心細く、東京のパレードみたいに沿道やお店から手を振ってくれる人はいません。なので歩きながらお互いを鼓舞するために、また、街の人たちになんのために歩いているのかを伝えるために声をあげました。ここに来られない誰かを思い、声をあげました。

声をあげよう! Speak up!
沈黙を埋めよう! Fill the silence!
わたしたちは既に、この街に共に生きている。

第4回目の青森レインボーパレードは、終わってみれば101名の参加がありました。
県内からの参加者が増えたり、パレードは歩けないけどと言ってアフターパーティにだけは参加してくれた人もいました。
県外から応援に来てくれた人たちもいました。東京のパレードを経験している人からしたら、青森のレインボーパレードはどんな風に映ったのでしょうか。
メディア取材も来ていました。青森の中のもっと端っこに住んでいる誰かに届けばいいな思いました。
その誰かに、「青森で101人で歩いたんだよ!」ということが届くことを願っています。

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パレードを終えたアフターパーティでは、地元NPOのご協力によりスペースをお借りし100%手作りのパーティを開催しました(そう、それが朝っぱらから準備していた食べ物の行方です!)。

朝仕入れたホタテは18時を過ぎてもピチピチに活きていて、すじこのおにぎりも飛ぶようになくなりました。
たくさん作ったパスタもサラダもあっという間になくなって、毎年恒例のミニライブを楽しみながら、お酒もみんなで飲みました。

参加してくださった方々、ご協力いただいた方々には本当に感謝しかありません。

ありがとうございます。

私たちのパレードは参加してくれる人と応援してくれる人がいなければ実現できないものでした。
反省するべきところは多々あり、手が回らないということもたくさんありました。
しかし、精一杯やりました。これが、2017年青森レインボーパレードの精一杯の姿でした。
今年の反省を活かし、また、来年やるのかどうか、まだ決まってはいないけれど、沿道に誰もいない街をこの日だけでも変えてみたい。
毎年6000人が入ってきて、10000人が出て行くような街でも希望の灯は消したくない。

今は心からそう思っています。

青森レインボーパレードは101名の参加者と共に無事に終了いたしました。
皆様、ありがとうございます。

2017年4月23日 
青森レインボーパレード2017実行委員代表 宇佐美翔子


公式ブログ
http://ameblo.jp/aomori-rainbow2017

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